口腔をめぐる冒険

  • 朝イチから午前中いっぱいを、社長とDくんと共に甲東園で某社社長と面談。なるほどなあと唸らされる、かなり面白い話を聞けた。「人間が興味があるのは人間だ」と、その社長さんは云う。これ、あらゆる人間の営みの核心を突いている言葉だと思うね。
  • お昼は社長の奢りで、甲東園の某日本料理店にて。実は私は料亭の和食が大の苦手だ。旨いと思った試しがない。この店の西宮北口の本店でも食事をしたことがあるが、ちっとも旨いと思わなかった。
  • ところがだ。これが実に旨かったのである。たぶん頂いたのはこの店の名を冠した弁当であろうが、見た目も美しく、何より一品一品の味が実に豊かなのだ。社長も同僚も、もう視界に入らない。ただただ目の前の小さな箱膳のなかの宇宙に呑み込まれるばかりだ。比較するべき和食の経験を持たないが、私のなかにあるこれと最も近い味の記憶は、最高のフランス料理を食べたときのものだ。それはもう性的な興奮に近い。昔フランス料理の食べ歩きをしたことがあったが、そのときも、こういう経験はそう頻繁にはなかった。満腔に喜びを堪能できる、もう一度(自腹でも・苦笑)ぜひ食べに来たいと思う料理を久しぶりに味わった。
  • 茨木のY歯科に。幼児期、幾人もの歯医者との不幸な出会いののち、やっとめぐりあった歯科医がY先生である。今でも私は、歯は他の医者には任せられない。怖いのである。去年末からの奥歯の治療が終わる。Y先生は古いオルゴールの蒐集家で、エディソン蓄音機なども所有している。年季の入った素晴らしいオーディオ・コレクションを見せてもらう。Y先生がオーディオ・マニアの道に踏み出したのは、映画『海底2万哩』を観て、艦内でオペラ鑑賞に耽るネモ船長(イメージ源は勿論『カルパチアの城』だね)の姿に魅せられたからなのだそうだ。私も小学校のときに、挿画も翻訳も素晴らしい『海底二万海里』を読んで、ロラン・バルトも論じたネモの引きこもり美学に激しく憧憬したものである。なるほど、なぜ幼いときの私がこの歌が好きな歯科医には警戒心を解くことができたのか、判ったような気がした。