ダグラス・サークを観る

純粋ゲルマンの母なる自然とは、汎神論的自然であり、ヴァーグナーの民族理論の聖なる森である。森の旋律的な大きな声は、森羅万象の発する無数の声の交響で出来ていながら、またそれらの声を統率している。森の声には秋の夜の夢想の、あるいはクリスマスの庭の夢想の、あの気まぐれで捉えがたい神話が満ちている。

  • 夕方から、ちょっと体調の悪い柚子を置いて、梅田中崎町PLANET+1*1へ行き、ダグラス・サークの『悲しみは空の彼方に*2と『愛する時と死する時*3を観る。ずっと以前から観たかったので、とても嬉しい。
  • 悲しみは空の彼方に』は、こんなに神経がひりひりする映画を、しばらく観たことがなかった。私ぐらいの微々たる数でも、いろいろな映画を観ているうちに、スレてくるから、なかなか心底から痛みを感じるほどには到らない。しかし、この映画は違った。開巻すぐから、神経をじかにヤスリがけされるような映画だった。
  • その痛みは映画のなかでは、主に黒と白と云う肌の色の違いから齎されるのだが、それは云わばきっかけに過ぎず、今のじぶんとは違うじぶんになりたいと云う欲望を抱くこととか、そもそも他の誰でもない「この私」と云う意識を抱くと云うことなどの、何処にでもありふれていて、しかもあれかこれかでは決して割り切れないことが、この映画で生起する総ての悲劇やら齟齬の真の原因なのである。しかもそれらの衝突を、この映画は非常に緻密で丹念な積み重ねで語ってゆく。だから黄色い肌の私にも、この映画はひりひりするのだ。痛みが深いのだ。恐ろしい映画だと云うべきだろう。
  • 撮影はラッセル・メティだが、そのキャメラ・ワークは流れるようで、とても気持ちが良い。
  • ジョージ・シアリング調のムーディな音楽と、ビロードのような黒い画面を背景に、大粒のダイヤモンドが幾つも降り注いで溜まってゆくオープニングが、とても素晴らしい。
  • 母は黒人なのだが、外貌は白人に見えるため、黒人の血を否定して白人のフリをする娘を演じたスーザン・コーナーと云う女優が、素晴らしく私好み!
  • 続いて『愛する時と死す時』を観る。素晴らしい戦争映画! 
  • 末期の東部戦線を寒い色で捉らえるキャメラが素晴らしい。溶け始めた雪の下から突き出した兵隊の死体の腕が春の訪れを告げるところなど、まるでクルツィオ・マラパルテの凄絶なルポルタージュ『壊れたヨーロッパ』のよう。掘り出された、どす黒く壊死してミイラのような死体の兵隊の目から涙が零れる。それは雪の中で凍り付いた眼球が、外気に触れて溶け出しているのだと、この映画の主人公である戦場慣れした兵隊が、新兵に説明する。その場面の、グロテスクさと敬虔な厳粛さの重ね合い。砲撃と泥濘と疲弊しきったドイツ兵と、機械化された軍隊と云えば伝令のバイク兵が出てくるだけで、疾駆するパンター戦車や天空を翔るフォッケウルフなんぞひとつも出てこないのも面白い。敵も「ゲリラ」だと呼ばれる薄汚い農夫が出てくるだけで、ただのひとりも制服のソ連兵は出てこない。
  • 三週間の休暇を得て、主人公はドイツ本国に帰還する。絶え間ない空襲で廃墟と化した故郷の町で、彼は主治医の娘(彼女の父親はユダヤ人を助け、反ナチとして収容所にぶち込まれていて、その邸も彼女の部屋を除いて「供出」させられている)、「休暇の間だけが生きられる人生なのだ」とシニカルかつ真摯な警句を吐く、病院を根城にしている傷痍軍人たち(彼らのシーンは総て素晴らしい)、牛乳屋の馬鹿息子で党の地区長に成りあがった旧友の小ゲーリング、小ゲーリングの学生の時分の落第の恨みで収容所に放り込まれた高校の歴史教師、ナチから逃げているユダヤ人の男、素晴らしいピアノの名手だが収容所で気狂いじみた殺しを行っている親衛隊の将校などと出会う。彼は主治医の娘と愛を交わし(川べりの公園の散歩、秘密レストランでの夕食など、とても美しい場面の数々)結婚するが、休暇は延長することを許されずに終わる。舞い戻った戦場で、彼は妻からの手紙で、ふたりの子供が宿ったことを知らされる。しかし彼は、休暇を経て、或る種の変化を遂げていて、ロシアの捕虜(冒頭のそれと同様、ゲリラと呼ばれている薄汚い農夫たち)を処刑しようとする同僚のナチを打ち倒し、捕虜を解放してやる。だがロシア人から見れば、彼もまた同様のナチであり、背中から撃たれて、死ぬ。何とも冷たい終わり。
  • メロドラマとは、リアリズムを超えた表現を求めて、ハイカルチャーや大衆娯楽などの伝統的な境界を超える想像的形式で人生をドラマ化して、詳細に説明するものだと説いたのは、ピーター・ブルックスだが、その最良の成果のひとつがダグラス・サークのそれだと云うのは、間違いないだろう。
  • これも撮影はラッセル・メティ。廃墟の街の夜の風景や、戦場の濁った寒い光の捉え方が素晴らしい。
  • オープニングとエンディングのタイトルバックの使い方が面白かった。