- 日暮れ前に家を出て、姑の病院で、先に出ていた柚子と落ち合い、ルミナリエに向かう群衆の流れを横目に、シネ・リーブル神戸で、ウディ・アレンの『タロットカード殺人事件』*1を、ようやくレイトショウで観る。不評を目にすることが多い映画であるが、決して悪くない。
- 『マッチポイント』から英国で映画を撮っているウディ・アレンは、新しいおもちゃを手に入れていて、それは英国の階級社会と云う縦の構造なのであるが、どうやら、これがことのほかお気に召したらしい。『マッチポイント』は、その縦の線を必死で攀じ登ろうとする青年の映画だったが、今回は垂直の構造に対して、ひたすら水平の運動を繰り返す。トラディショナルなスタイルの死神が舳先に立っている、三途の河を行く渡し舟から始まり、これは、ただただ横滑りに滑りまくってゆく映画なのである。それはもちろん、ウディ・アレンに於いて最も顕著であり、彼の演じる、インチキ臭いイタリア風の名前を名乗るユダヤ系米国人の手品師は、些かも劇的な、如何なる垂直の変化なしに、手品師であるまま、スカーレット・ヨハンソンの父親となり、服装すら変えずに、嘗て不動産業で今は油田開発で成功を収めた富豪となり、其処で留まらずさらに横滑って、スクープ記者となり、ヒロインの危機を救わんとメルツェデス・ベンツ(スマートだけど・苦笑)をぶっ飛ばすヒーローとなり……滑って滑って滑りまくる。たとえ周囲で垂直の構造を転落したり成り上がったりする運動がなされても、ウディ・アレンだけはひたすら横滑る。
- うふふふ。と笑いながら映画館を出て、ほんの数時間前その舗道を埋め尽くしていた群集は跡形もなくいなくなり、ものすごく冷たい風が吹きまくっていたので、以前にいちど入ったことのあるカフェが開いていたので入るが、ひどく私の趣味ではない店で、しかも柚子の注文したチャイは甘すぎてミルクセーキのようで、二度と足を踏み入れない店がまた増えた。