蜘蛛の巣。

  • 少し遅い朝、柚子と起き出して朝食。
  • TVを点けると午前の国会中継で、田中康夫が質問に立っている。彼は明らかに、目の前の与野党の諸君だけでなく、寧ろその場を超えて、大衆に向けて語っている。では、小泉純一郎との違いは何かと云えば、ややこしいことを短いフレーズに切り詰めて判った気にさせるのではなく、何とか説明、啓蒙して理解させることを諦めていないと云うことに尽きる。さすが女性の悦びを開発することが最大の悦びだと書いたペログリの人と云うべきか。しかし、だがそのために話がだらだらしたものや、絶叫調の独白にならないように、カットを割って福田総理や舛添厚相を順次引き込み、ダイアローグ調に仕立ててゆく演説術も巧い。もうあとがないんだから、次は、田中康夫を総理大臣をすればよい。
  • 昼過ぎ、保険屋のおばさんが来る。挨拶だけして、私は部屋で、昭和17年から敗戦までの間に書かれた諸井三郎の作品を収めたCDを聴いている。「交響曲第三番」が特に素晴らしいが、他のふたつの曲も良い。そう云えば子供の頃、ベートーヴェン交響曲全集を買おうと思ったのは、敗戦後は主に著述家と教育者として音楽と関わった諸井三郎の書いた、新潮文庫から出ていた楽聖の小さな評伝を読んだ所為だったと久しぶりに思いだす。
  • その後、柚子と出掛け、三宮から役所やら元町の百貨店などをぐるぐる廻って、ひとつひとつ用事を済ませ(私はそれぞれの場所で本を読みながら待っていただけなのだけど)、ずいぶん振りに「味香園」に行き、夕食。やっぱり此処の味は大好きだ。
  • 帰宅するとマヌリの『時間の推移』が届いていて、さっそく聴く。これまで聴いたなかでは、マヌリの目指す音楽のひとつの方向が、いちばんくっきりと顕われているように思った。石川さゆりのベスト盤を久しぶりに聴く。
  • たなか亜希夫の漫画『かぶく者』を読む。特に今、『モーニング』は毎週欠かさず立ち読みしているので、連載開始からずっと読んでいるが、今、同誌で最も連載の続きが気になる漫画だ。たなか亜希夫の絵が素晴らしい。第2巻から登場する坂東玉三郎、じゃなかった芳沢恋四郎が恰好良い!「稽古は芸の為にあるんじゃない。……心の為にあるんです」。
  • ちまちまと読んでいた片山杜秀の『音盤考現学』を思わず読了。五十本のレヴューが収められているが、その総てに、並みの批評家ならそのなかの一本で一冊の本が書けるぐらいの独創と奇想と、緻密かつ膨大に渉猟された知が、惜しげもなくパンパンに詰め込まれている。この本は、音楽本の棚だけではなく、映画本の棚にも置かれるべきだし、近現代の日本精神史の棚にも置かれても良い。
  • この小さな書物が展開する世界の恐るべき豊穣さを知るためには、目次を読むか、巻末の索引に目を走らせてみるべきだ。其処には、総ての糸口が展覧されている。グロボカールの次に黒柳徹子が、タン・ドゥンと丹波哲郎チェリビダッケが順に並んでいる索引を持つ本なんて、ちょっとない。アイディアと刺激に溢れかえる、大変素敵な一冊だった。