今更ながら『犬猫』、素晴らしい。

  • 夕方、柚子が帰宅してから近所のスーパーに牛乳を買いに行く。
  • 真夜中、井口奈己監督の『犬猫』(35mm版)をDVDで観る。
  • スクリーンの外側から、スクリーンのなかに何かがやってくること。或いは、ぷいと、何かがスクリーンの枠のなかから、その外側に出て行ってしまうこと。井口奈己は、それらを捉えるのが、ものすごく上手だ。井口奈己はそう云うわけで、走る電車と猫を、同じように見事に撮ることができる。
  • 井口奈己キャメラは専ら、とても静かだ。キャメラ自体は動かないで、それが捉える対象が動く。井口奈己の映画で、坂道や階段、三叉路などが実に見事に捉えられるのは、つまり、偶然ではない。それらは、道そのものに運動が宿っている。缶ジュースは、ひとりでに転がる。初めて目の前に現れる二股になった道の前では、誰もが歩みを止め、ギクリとする。
  • 女が男の顔を、思い切り張り飛ばすショットがある。私はとても驚いた。彼女が彼を殴ったと云うことにではなく、そのパンチの余りにも見事な速さと炸裂の具合にだ。人が人を殴る動きが、こんなにも美しく、驚きをもって、フィルムに捉えられているのをみるのは、本当に久しぶりで、ちょっと、感動した。
  • または、まるで海の底をゆったりと泳ぐ魚のように、自転車が進むさまを真横から捉えたショットがある。自転車なるものの運動を新しく捉えなおすことができる映画作家は、優れた映画作家だと私は確信しているのだが、こんなふうに自転車を捉えてみせた映画は、現在の日本映画だけに限らず、ちょっとないんじゃないだろうか。
  • 井口奈己キャメラは、時折、疾走する。そのキャメラはいちど駆け出すと、止まらない。走る女を真横から捉えるキャメラは、彼女の疾走よりも速い。それでも彼女も走るが、キャメラも走るのを止めないのだ。
  • 俳優たちも、猫や犬を含めて、皆とても愉しそうで、気持ちがいい。『接吻』が凄まじかった小池栄子は、ずっと毛糸の帽子を被って、北欧の男の子みたいだった。
  • 大変満足して、たまたま『犬猫』(35mm版)を観ていたMR君と興奮しながらメールをやり取りして、窓の外は灰色のあかりが挿してきていて、ごそごそと柚子の眠る蒲団に潜り込み、眠る。