透明な水。

  • 事務次官とその御家族の殺害事件で、朝からコメンテータ諸氏が、訳が判らないので、寧ろ、背後に誰かいてほしいと云わんばかりの議論を展開していたが、きっと単独犯だ。彼は謂わば、検索エンジンが付いてしまった通り魔のような存在なのだろう。ふたりの事務次官と、保健所、三十数年前の犬の死は結びつかないと云うが、私のブログに辿りつくための言葉には時折、ちょっと吃驚するようなものがあるのを思い出すと、検索エンジンを経由することで、それらの言葉は私たちの日常に於ける文脈の判断を超えて、案外するりと結びつくものなのではないか。
  • 昼、「しま」の爪を切る。彼の四肢はふにふにしていて、触っていると本当に気持ちがいい。「しま」は爪を切られるのが嫌いだ。
  • 午後、初老の坊主がきて、経を読む。ずいぶん以前、神戸の山のなかの或る大きな墓地が宅地造成か何かで移転することになり、古い墓を開けたらしい。素焼きの骨壷は大抵、墓のなかで割れて、骨は砂のようになって地面の土と混じってしまっていたが、綺麗なままで残っていた磁器の骨壷の、ぴったりと閉じられた蓋を開けてみると、すっかり骨はなくなって、透きとおった水が湛えられていたそうだ。「どんな化学反応か判りませんけどね、湿気か何かで、水に変わっちゃったんでしょうな」、とのこと。骨壷が割れて骨と地面のけじめがなくなったものは、骨壷の破片のぐるりの土を新しい骨壷に入れて、水だけが入っていた骨壷は、再び蓋を閉じて、そのまま新しい墓地に運んだそうである。
  • 次の『アラザル』で何を書けばいいのか、ハルモニア・ムンディの50枚組ボックスのなかから出鱈目に引っぱりだしたバッハのモテット集を聴きながら、うんうん唸って考える。
  • 数日前、電熱の暖房を出してきて、椅子の背の斜め後ろに置いているのだが、それを点けていると「しま」がやってきて、椅子の座面の半分を丸くなって占領するので、私は前のほうに尻をちょこんと乗せて坐るしかなく、腰が痛くなり、些か困るのだった。
  • 夜、いつものお店で柚子が買ってきた鰻を丼にして食べる。隣に座っている柚子の肩をバンバン叩いてしまうほど旨い。私は此処のよりおいしい鰻を食べたことがない。