『永遠の語らい』をみる。

  • 雨。きょうも東京は寒い。父の部屋はベランダに洗濯機が据えてあるが、今どき珍しい二槽式。父のパジャマを洗濯して、それから商店街のなかの風呂屋にくっついているコインランドリまで行き、乾燥機で乾かす。加藤尚武の『ヘーゲル哲学の形成と原理』を読んでいる。かなり面白い。

ヘーゲル的知性は、トータリズムとかホーリズムとかの非難を浴びて来た。全体的なものを知る特権的な知性の物見櫓など、有限な人間にとって可能であるはずがないと。ヘーゲルに代って答えよう。全体を己れの外の櫓から眺めるのではない。己れがそれである全体を、自己として意識する自己意識、すなわち精神へと自ら形成し、高まるのである。このような認識=自己形成を可能にする存在の構造が捉えられねばならない。すなわち「生」の存在構造の特質が明らかにされねばならない。

  • 昼飯も商店街のなかの料理屋でランチ・セット(イタリアン・ハンバーグ)を食べて、不動産屋に寄って家賃を払い(東京の家賃は高い)、それから地下鉄に乗り、根津神社の前の父の病院へ。ベッドの横で、車椅子に坐っている。「お昼は食べた?」と訊ねると、こくりと肯く。
  • 担当の看護婦さんの話だと、おとつい、父にじぶんの名前と生年月日を訊ねると、それをすらすらと云ったそうだ。しばらくして、私と話していた看護婦さんが、父が関西の出身であるのを知って、「わたし関西弁が好きなんですよ。せやでー。とか云ってくださいよ!」と父に何度も頼むと、父はちょっと苦笑するような表情の後に、「せやでー」と云った。
  • こちらが話しかける話の中身はちゃんと判っているようで、頷いたり、疑問を浮かべたり、笑ったりするので、あとは裡でとどまっている言葉がうまく出てくるように、リハビリ次第なのだろう。
  • 病室を出て、父の姿がまだみえる廊下の端から手を振ると、きょうも笑いながら手を振りかえしてくれた。
  • 渋谷に出て、強く降る雨の中をふらふらになりながら、ユーロスペースで、マノエル・ド・オリヴェイラの『永遠の語らい』を初めてみる。マルセイユの片隅で、海に振り落とされまいと奮闘している、一匹のちいさな白い犬。そして、最後の、驚愕のジョン・マルコヴィッチ大写しショットと、その脇を、逃げるような速さでするすると流れてゆくエンド・クレジット。ヨーロッパの女優たちがそれぞれの母国語でべらべらと語る晩餐の会話の中身なんて、率直に云って、くだらない。しかし、マルセイユの犬(しかし、これはこういうふうに撮ったのか、こういうふうに撮れたのか、どっちなのだろう?)や、廃墟のポンペイの犬、三本の指で祈るギリシア正教の神父の仕草、船尾に立つ母と娘のショットなどは、きっと見られなければならないだろう。
  • そのまま品川から新幹線に乗る。柚子に携帯からメールで、「「しま」はどうしてる?」と訊ねると、返信されてきたのがこの写真。
  • 帰宅すると、まだ柚子も「しま」も起きて待ってくれている。柚子に、きのうみた宝塚の舞台の話などをする。
  • ところで、昼に病室で、父がティッシュを一枚、指先で折りたたんでちいさな矩形にしてから、たわめたり、左右に引っ張ったりして、飽きずにずっと、じっとみつめていたのだった。しかもそれは、時折、父がみせることのあった、何かにきわめて集中しているときの、眉根にぐっと力の入った表情なのだ。私は、あんまり熱心なそれをみながら、やっぱり父は少し惚けちゃったのかと思った。だが、そうであるなら、こちらが込み入った話をするとき、父はちゃんと判っているのだから、惚けたのだと考えるのはおかしい。
  • なので、じぶんでも、ティッシュを一枚、手に取って、同じことをやってみた。
  • すると、指先に擦れるティッシュの柔らかい感触があり、そのときにちいさな音が起きるのが聴え、さらに、たわめたり、引っ張ったりするたびに折り畳んだティッシュの表面にできる窪みやふくらみの上に、透明な灰色の陰影が多彩な変化をみせたりするのだった。それらは、とても愉しい光景なのだった。
  • しかし、私は、ゴダールの映画をみたり現代音楽を聴いたりそれらの理論書を読んだり論じたりして、見ること/聴くことの生起する場所に立ち返ることが重要だとか何とか云いながら、父が実際にそれを愉しんでいたことが、どうしてそのときすぐに判らなかったのか、と(私はやがて、父からそのティッシュを取り上げて棄てたのだから)、些か愕然とする。
  • こんなこともすぐ判らなければ、おれが親の脛を齧りに齧って哲学だの批評だのやってきたことなんて、まるで何の意味もないじゃないか。
  • 「しま」が積みあげた本の柱をひとつ崩す。しかし私の部屋はやはり本が多過ぎる。