• 朝七時起床。看護婦さんが熱いタオルを持ってきてくれるので顔や首筋を拭う。暫くすると朝食。朝はパックの牛乳がつくようだ。九時前に看護婦さんたちがやってきて寝台まわりを掃除してゆく。彼女たちの笑いさんざめく声。右腕の手頚の内側が紫に腫れている。徐々に濃くなり、夕方には熟れた桃の皮のようになってくる。数冊読んでいるうちの一冊が飛鳥井雅道の『明治大帝』なのだが、ふと、あとがきをみると、「入院中に最初のページを書きはじめる」とあった。
  • だらだらしはじめると何処までもだらだらしてくる。二度寝三度寝をするうち、カネが足りないという柚子からのメール(なぜかギャル文字やら絵文字が多用されている)がくるという夢をみて脂汗をかいて目覚める。しばらく怖くて携帯をチェックできなかったが、そんなメールはきていなかった。だらだらしていてはいけないと歯を磨く。
  • 昼食まで前の寝台の八十歳の爺さんと話をする。七五歳までは女への欲望があったがいまはもうなくなったらしい。彼は八年前にこちらへ越してくるまで笹塚生れの東京育ちで、空襲のときは隅田川や道々に死体が溢れていたのをみて、たびたび機銃掃射を受けたと云う。戦後は国鉄三鷹、中野車輌区で働き、民営化されることを聞いて都の清掃局へ転職して東、美濃部、鈴木のときまでいたそうだ。算数国語さえできればだれでも入れた職場だが上下関係の厳しいのが嫌だったと云う。八年前に越してきて住んでいる県営住宅では付き合いがまるでなく前にだれが住んでいるのかも知らない。孤独死もあったそうだ。
  • 入院すると食事だけが楽しみになってくるというのは本当のようだ。残さず食べる。
  • 看護婦さん(二十代後半だと思っていたが、あなたより年上よ。わたし、年齢は当てられたことないの。と、にやりと笑った)がきて、胸に聴診器を当てられて深呼吸を繰り返す。肺の動きがよくもなくわるくもなくという状態だと云われる。全身麻酔をかけると呼吸も止まるため、術後呼吸の機能が弱ることもあるとの由。腕が痛むだろうが深呼吸を心がけるように、とのこと。
  • リハビリに行く。昨日より肩も腕も動くようになっている。理学療法士の彼女も私より若いと思っていたが同い年だった。
  • 夕方、執刀医がやってきて手術の様子の説明と、術後のレントゲンをみせてもらう。柚子の云っていたとおりで三つに別れていた右腕の上腕骨が鉄板とボルトで留められている。折れた箇所のすぐ脇を神経が通っているそうで、めんどくさい手術だったよおと医師が笑う。
  • 夜、夕食のあとに柚子がきてくれて、新しい本と、桜餅と麩饅頭を差し入れてくれたのでカーテンのなかでこっそりと食べる。美味。柚子を病院の玄関まで見送る。ありがたい。
  • 今夜の泊まりの看護婦は、集中治療室のときのあの粗雑な看護婦で、やっぱりきょうも粗雑だった。彼女は挙措が粗雑であるが、それ以前に、受け応えの言葉が雑なのだ。リハビリでの痛みを語る老人に、ぶっきらぼうに、リハビリってそーゆーもんですから、と応えるのを、私はやはりベターな対応だとは思わない。その場の情況がまるで反映されない言葉は、対話の言葉としては既に死んでいるからだ。それに、九時消灯なのにはやばやと十五分も前から病棟の電燈を消してまわるのだから。粗雑だ!
  • その後、ベッド脇の読書燈を点けて本を読んでいる。