• 昼飯を食ったあとに、炎暑の坂道を上がってから冷房の効いたホールに入ると気持ちよくて、眠気が盛んに興って音楽を聴くには不向きだったが、あとからやってきた隣の席の馬鹿がデカいケツを肘掛けの上の私の二の腕にぶつけてきて、ぶつぶつ文句を言っていたのには、瞬間で頭に血が昇ったが、ベルクの最初の音がとても美しかったので、眠気以外は概ね吹っ飛んだ。シューマンの《ヴァイオリン協奏曲》は、これまでシューマンの良さがぴんと来ていなかったので、ようやく耳で、こんなに変わっていて面白いのかと、はっきり聴き取るのができたのは何よりの僥倖だった。岡本誠司のヴァイオリンはかなり好みだった。ブラームスの《第四番》は、子供の頃にフルトヴェングラーの録音を聴いて以来、どうしてこんな小さく固く纏まっているのかと思っていたけれど、それは録音のせいでもなんでもなくて、そういう音楽なのであるとよく判った。スタンダードのサイズを固守し、その中で色や物や音を動かしていた小津安二郎のそれとよく似ているのである。
  • 帰ってきてから、ツェートマイアー四重奏団のCDを引っ張り出して、シューマン弦楽四重奏曲の《第一番》を何度か繰り返して聴く。やはり変だった。これはなるほど面白い。