• とても暑い。十分ずつとか、細切れにみてきた『シテール島への船出』を見終える。アンゲロプロスの自画像でもあるのだろう映画作家アレクサンドロス(彼の事務所には『旅芸人の記録』のポスターが貼ってある)は父と母の間で右往左往するだけで、彼らのことを理解できない。ついに彼は暗闇に沈んで、映画から消えてしまう。遺作に到るまで、アンゲロプロスの映画を貫くひとつの道は、わけのわからない父母たちの行動を何とかして理解しようとする試みだった。クストリッツァの『アンダーグラウンド』は、陸から離れて海へと漂いだすことによって、辛うじて陸の暴力から避難させようとする、守らねばならないことがあることをあまりに悲痛な笑みにくるんで示していたが、アンゲロプロスの父母たちが離岸するのは、父がきっぱりと、舫い綱を解いてしまうことによってである。ほとんど《トリスタンとイゾルデ》の終幕のように、映画は終わる。
  • 友人たちと会食するため叡電の十乗寺まで出るが、待ち合わせの時間に遅れ、しかも携帯を忘れてきていて、店の名前も思い出せないまま街中をうろうろとするが雨まで降ってきて、こうなったら、とにかくここまできたことを何か意味づけしようと茶山の古本屋に行くがもう店じまいしていて、憮然としながら帰路。おいしいフランス料理を食べるはすだったのだがと思いながら出町柳ロッテリア。食べることに対して私は胡乱である。
  • 二冊の本を並行して読んでいるが、これのよいことは、ただ飽きたり、論旨を追うのが面倒になったりしてきたら、もう一冊のほうを読んで気晴らしができることである。両方ともつまらない本だとつらいが、片方はゴンブリッチなのでとても愉しい。
  • 映画のリハビリをしようと思ってツタヤに寄って、会員券が切れていたので324円支払いして、映画館で見逃した最近のものを四枚ほど借りてくる。