• 本屋を出たら夫婦のように見える中年の男女が前を歩いていて、女の方が男に「一回や二回のことで言うてるんと違うねん!五回ぐらいあるから言うてんねん!」と怒っていた。
  • 帰宅して風呂に入る。マーティン・エイミスの『関心領域』を読み終える。翻訳がこなれているせいかもしれないが、絶滅収容所の医師を取り上げた『時の矢』よりもさらに小説の作り込みの模索が深まっていると感じた。プリーモ・レーヴィツェランも、そしてゼーバルトも既に自分の前にいる後ろで、しかし作家としてどう書くかを考え抜いた結果としての、ポストモダン小説の面目躍如だと思う。そしてマーティン・エイミスは批評がとても巧い。ふと気になって調べたら彼は1949年生で、高橋源一郎が1951年生だった。小説というジャンル以外なら、オペラであればこの筋のまま移し替えることができるかもしれない。グレイザーの同名映画を生んだというだけでも今後も残るだろうが、最後の写真の使い方を含め、とてもいい小説だった。
  • たとえそれが編集者の悪意の発露だとしても、自著の帯に「稀代の名文家」と入れられて恬淡としていられる御仁が名文家なわけがないじゃないかと思う。恥のない文はすぐに腐る。
  • 柚子がざる蕎麦と天婦羅を作ってくれる。美味。
  • ホン・サンスを少し見ようとする。

  • 朝の通勤中の道で、作業用の手袋が舗道にへばりついていて、中指を立てる一瞬前のかたち、ぐらいになっており、せっかくなので中指だけに延び広げて、それから写真を撮ろうかと思うが、それは作為が過ぎると思いなおして、何もせず通り過ぎた。しかし昼になって、あれはそのままでいいので写真は撮っておくべきだったと思った。帰り道にはあの手袋はどうだったか、もう覚えていない。
  • 梅田まで出てディスクユニオンでロスバウトとシノーポリブルックナーやラファエル・ピションのシューベルトなんかを買ってからシネ・リーブル神戸でヴィム・ヴェンダースの『アンゼルム』を見る。キーファーの作品が大きすぎて人間の大きさを捉える感覚がおかしくなる画面がたびたびある。バーナーを使って巨大な画面を焼きながら絵を仕上げているシークェンスに大変心をうたれる。『都会のアリス』のリメイクのようでもあり、とても真面目な、いい映画だと思った。
  • 帰宅して柚子が肉じゃがを温めてくれたので食べて、洗濯機を回して風呂に入る。ホン・サンスを少し見る。

  • 朝から読みなおす。もう少し行ける気がする。独りで悩んでいても何も出てこないのでメニングハウスの『吐き気』を読む。まるでメニングハウスにメールで問い合わせたら返事がすぐに返ってきたみたいな大きなヒントを得て、続きを書く。やっと、午前中に書き終える。「3000字ぐらいで」と言っていたのが13000字になった。ささっと推敲をして、メールで送る。こんなに雑駁にメニングハウスを使ってもいいものだろうかと思うが、真面目な顔でふざけている書き手なので、おそらくかまわない。
  • 帰宅して柚子と晩御飯を食べて、洗濯機を回す。「しま」の爪が、ようやく伸びてきて針のようになって、Tシャツの生地を突き破って皮膚に刺さってきたので、抱っこして切る。

  • 朝起きて「今日は原稿を終わらせるぞ」と呟きながらゴミ出しをする。
  • 夕方まで書く。少し昼寝をする。また書く。佐々木敦還暦ドミューンを見たり見なかったりする。
  • ここで終わらせてもいいかもしれない、しかしここからもうひとつ進めるかもしれないというところまで書き進める。何か思いつく気もするが頭に老廃物が溜まってしまった気がするので眠る。

  • 昼前に「しま」に起こされて起きて、原稿をやらねばならないのに村上隆の密着動画とか見ていたらトランプが銃撃されて「トランプは生きている!」Tシャツがもう売られていた。
  • ビル・ヴィオラも亡くなった。兵庫県美で見た「はつゆめ」展は、泰西名画風の映像がじっとりと推移する、写真とも映画とも言い難い大型モニタの作品が美しかった。カネがなくて《トリスタン》の来日公演を見られなかったのが痛恨事。
  • CDの柱を掘り返してクルレンツィスとムジカエテルナの《悲愴》を聴く。彼らの実演を聴いたことはないが、スタジオで録られたクラシック音楽の録音物で、これだけさまざまなノイズを効果的に使っているのはあまりないんじゃないか。音の大きさの強弱や流れ込んでくる量の操作もいろいろと操作してあって、徹底して、耳という器官に直に訴えかける物をめざして仕立てられている。

  • 「しま」が寝床にやってきて、横で何か言っているので起きる。「しま」はそのまま押入の上のいつも開けてある天袋に籠る。ヘレヴェッヘの録音でブルックナーの《第5番》の第四楽章を聴きなおすと、昨夜の空間ぐにゃりは、おそらく13分30秒から14分40秒あたりの展開であるのが思い出せた。昨日はもっと強烈な印象だったので、「こんなもんじゃない」と、よく判らなかったのだろう。全身で音楽の波を被るというのはヘッドフォンで耳を澄ませるのとは異なる経験であるのが面白い。
  • 夕方は「しま」を病院に連れて行って点滴。先客の黒猫はリュックの中でずっと嫌だ嫌だと鳴いていた。「しま」はもうすっかりおとなしいもの。
  • 原稿の続き。洗濯物を干す。夜はZOOMで先生の還暦を寿ぐ会。四時頃、もう明るんできた頃に眠る。