『人狼』、『めし』、『山の音』、『つぐない』、『大いなる陰謀』

  • 朝起きて、『人狼』を観終える。原爆のキノコ雲から始まる戦後史の映画と云えば『仁義なき戦い』で、画面に飛散する血飛沫の量はこちらも負けていないが、この映画は更に男女の情念の側面が濃い。ずいぶん久しぶりに観たが、しみじみとよくできている。
  • 成瀬巳喜男『めし』を観る。小津を見てもよく判らなかったが、原節子ってこんないい女優だったんだ! 路地や街の撮り方、日々の暮らしの反復と差異の表出が絶妙。これは凄い。
  • そのまま続けて成瀬巳喜男の『山の音』も観る。『めし』も時折むわっとエロティックな映画だったが、これは淫靡なくらいエロティックな映画だった。「女の鼻血」も再び登場する。映画のいちばん最後の、山村聡原節子の台詞がいい。エロティックな映画が、突然、都市工学のクールな言葉で断ち切られるのが最高だった。『めし』と打って変わって、上原謙は帽子の被り方さえふてぶてしい夫を演じて巧い。
  • 午後過ぎから出掛けて三宮シネフェニックスで、イアン・マキューアンの『贖罪』を映画化した『つぐない』*1を観る。監督はジョー・ライト。『プライドと偏見』は未見。原作も読んでいるので、どう云う話かは総て知っているのだが、映画が終わった途端、ボロボロと涙が出てきた止まらなかった。『トゥモロー・ワールド』的な、ひたすらなワンカットの長回しダンケルクの草臥れ果てた戦場を捉えるのはちょっと凄い。しかし、私は一切喫煙をしないが、映画に於いて、立ち上ったり顔の表情を覆ったりする紫煙と云う奴の効果の絶大なるさまは、怖ろしいほどである。映画のために発明された小道具のようですらある。少女期のブライオニーを演じたシアーシャ・ローナンが素晴らしい。何と云おうか、ティルダ・スウィントンをローティーンにしたみたいなふうなのだ。タイプライタの打鍵音をオーケストラと共演させたダリオ・マリアネッリの劇伴も見事。
  • 本屋をぶらつき、ウェンディーズで夕食を取り、そのままミント神戸ロバート・レッドフォード監督の『大いなる陰謀』*2を観る。終わりの見えない対テロ戦争を前に、あらゆる立場から発される言葉の総てが虚ろであり、または、無惨な死によって言葉が打ち消される現在のアメリカを、九十分で描き出す。この映画で発されるのは、説得力を失ったリベラルの言葉、敢えて戦争に参加することで民主主義の本義に立ち返ろうとするハインライン的な非白人の学生たちの言葉、対テロ戦争への是か否かだけを問う政治家の言葉、今後こそプロパガンダの道具にはならないと決意するジャーナリストの言葉、それら総てに胡散臭さを感じて言葉を発することを止めてしまう白人の若者の言葉だ。ザ・フーを聴きながら拳を振り上げる青春時代を送ったジャーナリストを演じているのはメリル・ストリープだが、政治にはもう騙されないと叫ぶ彼女の芝居には、残念ながら些かの説得力もない。彼女の芝居が俄然光るのは、新しい作戦が発動され、これこそが対テロ戦争に終止符を打つと自信たっぷりに語る若手政治家(演じるのはトム・クルーズ。変な宗教に入ったあとでも、めちゃくちゃいい芝居しやがる。こいつはやっぱり映画で使わなきゃ勿体ない)に対峙し、宮川大助なみに、あわわわわわわわと口ごもるしかないその瞬間だ。現在のアメリカの良心とは、口ごもることでしかない。
  • 映画として傑作であると云うのではないが、アメリカの今は、成るほど確かにキチンと捉えている真面目なフィルムだった。時にはこういうのも悪くない。こういう愚直さが、アメリカの強さのひとつなんだろうな、ト。