- 昼過ぎ、ミクシィの猫の里親コミュニティで御縁のあったHさん夫婦に、約二時間半をかけて仔猫を車で、拙宅まで運んできていただく。Hさんの腕に抱かれて車を降りてきた仔猫をみて、あまりの愛らしさに驚く。
- 上がっていただき、少しお話をする。この仔猫は、先月末に、Hさんの家の前の公園で、独りでずっと鳴いていたそうだ。周りを捜しても親猫もいないようなので、保護なさったのだと云う。生後ひと月からふた月の間くらいとかで、アメリカン・ショートヘアに似た縞の、まあいわゆるキジトラの雑種の、牡猫である。尻尾はつけ根のすぐ下あたりで直角に折れ曲がっている。まるで、船尾に掲げられた国旗のようだ。
- 最初は見知らぬ場所に少しおどおどしていたが、やがてその小さな四肢を包んでいたHさんの両掌から離れて、すすっと動き出し、テレビ台のなかに、後ろから廻り込んだ。二段になっているその下の段には、ちょうどいい大きさだったので、手延素麺の木箱が入れてある。すっかり食べてしまって空っぽなので、仔猫は木箱のなかへ潜り込んだみたいだった。
- これからまた別の猫を保護しに行くのだと云うHさん夫妻が帰られたあとも、仔猫はテレビ台の奥の薄暗がりからじっと、顔を並べて覗き込んでいる私と柚子を大きな目で見つめている。やがて、「よし。」と意を決したのか、翳からこちらの顔の真ん前まで進んでくると、私の鼻先に顔をぐいと寄せて、私の唇のあたりを、ぞろりと舐めた。ケーキを食べたあとだったので、クリームでもついていたのか?
- とちとちと足音を響かせながら、家のなかをあちこち巡り、やがて、すっかりじぶんの場所と腹を決めたようだった。そうするともう、ずいぶんひと懐っこい仔猫のようで、しかもよく喋る。私と柚子の足元にやってきては、ぴにゃアぴにゃアと鳴くのだ。
- そのうち疲れたのだろう、冷房の効いた寝室の、延べたままの蒲団の上の隅っこで、仔猫はぺたりと伏せて眠りだした。柚子とふたりで横臥して眺めていると、しばらくすると寒くなってきたのか、眠そうな目のままむくりと起き上がり、些かの躊躇いなく、肘杖をついていた私の脇に潜り込んできて、再びすとんと眠り始めた。
- 夜、柚子が用事で少し出かける。その間ずっと仔猫は、机の前に腰掛けてPCを叩いている私の膝の丸みに沿うて、全身を投げ出し、ぐにゃりとなって眠っていた。そのまま、ハーディングがウィーン・フィルを丹念に振ったマーラーの「第十」と、バーンスタインがベルリン・フィルと合体して振ったマーラーの「第九」を大きな音で続けて聴く。仔猫は時折、ぴくぴくと、先の尖った大きな耳を震わせる。
- お手洗いも、こちらが用意した場所をキチンと探し当てて行き、問題なく済ませる。
- 真夜中には、私の脇腹に張りついて、やはり仔猫は眠っていた。或いは、柚子と仔猫と私の川の字。
- 仔猫の名前は、Hさんが呼んでいた可愛らしい名前があったのだけれど、女の子の名前のようだったので、申し訳ないが、これからは「しま」とする。云うまでもなくユイスマンスの『さかしま』から、と云うのは半分だけ本当で、縞猫だから「しま」である。