• 百貨店の化粧品売場のきつい匂いを、少し酔ってしまうのだが、それでも私は、とても好ましい香りだと思うらしいということが判った。子供の頃、百貨店で母親が買物をしているのを本を読みながら坐って待っていたのは、だいたい地下の食料品売場と一階の化粧品売場と二階を繋ぐ真っ白な階段で、化粧品売場を見下ろせる場所だった。
  • クルレンツィスのパーセルダイドーとイニーアス》の録音を聴いている。とても好きだが、HIPというよりシャリーノとかラッヘンマンなどが、みずからの音楽を作るために編み出した特殊奏法との近さを感じる。弦が跳ねる、弓が楽器のボディにぶつかる、そういう音で古典を奏すること。
  • ナタリー・スコヴロネクの『私にぴったりの世界』を読んだ。小説であり批評でもあるような小説。イディッシュ語の「シュマテス」(ぼろきれ)という言葉から紡がれるイメージが縫製され、裁断され、集積され、廃棄され、また集められ、を繰り返しながら、「少女」でもあり「サンチャ」でもある「私」とその家族のエピソードが「シュマテディヒ」に語られる。その語りは、アレクサンダー・マックイーンの服を前にして「精度と釣合いの面で完璧なシルエットが目の前にあると思った」ことも、「メイド・イン・サンティエ」の「この程度の服に惑わされた時期もあった」ことも、どちらも呑みこんでおり、読み進めるうちに、しばしば語り手の姿や目玉がくっきりと、オーダーメイドの装いを纏って現れてくる。
  • 夜中に「しま」が呼びに来る。水でもご飯でもないときがあって、傍にいてやれば静かになる。そのまま「しま」の横で眠る。