恐怖とインド料理とジャズ

  • ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』を読了。視覚的な描写の操作によるサスペンスの雰囲気の醸成や、恐怖感の盛り上げ方など、とても見事な小説。だが、この小説で最も怖ろしいのは、次のような一節。

マンダレーの今日の姿を作ったのはレベッカのいまいましい美的センスなんだ。庭園も潅木も〈幸せの谷〉のアザレアだってそうだ。そういうものが父が生きてたころあったと思うかい? あたりはもうまったくの原野だった。もちろんそれなりの魅力はあったよ。荒々しく寂寥として、独特の美しさはあった。でも、有効な手入れと金、父がけっしてだそうとしなかった金、そしてぼくがかけようと思いつかなかった金、レベッカがいなかったらかけなかった金をマンダレーは切実に求めていたんだ。(……)いま目にするマンダレーの美しさ、みんなが話題にして撮影したり絵に描いたりするマンダレーは、全部レベッカの手柄なんだ。

  • ひとは風景の中に閉じ込められていること。だが、その世界の総てがフェイクであると云うこと。嘗ては「荒涼とした、凄涼とした、これ以上ないと思われるほど厳しい自然の景観でさえ、人はそこに詩趣を見てとり、半ば喜びとともに享受」*1したが、自然などもう何処にもなく、総ては自然もどきであると云うこと。しかし、その厚化粧の下から、どうしようもなく匂ってくる微かな腐臭。それが、この小説のいちばんのサスペンスである。
  • 今こそぜひ、黒沢清に映画化してほしい。
  • 夕方、M女史とベンヤミン嬢とU君と柚子で、元町の「ラジャ」*2ベンヤミン嬢の壮行会。大いに喰う。
  • 店を出て、ベンヤミン嬢のお薦めで、隣のカフェ「Jazz&Cafe M&M」*3に。男前のメガネ男子の若い店員さんが切り盛りしている。壁面にはマイルス・デイヴィスのサインが入った『ビッチェズ・ブリュー』が飾られていた。紅茶とケーキも旨く、良い店だった。
  • すっかり店じまいをして静かな南京町をぶらぶら抜けて、帰路に。

*1:E・A・ポー「アッシャー家の崩壊」より。訳は西崎憲

*2:http://www.raja-kobe.com/

*3:http://www6.ocn.ne.jp/~kpsikeda/MandM/