• 今朝は食事なし。朝起きて、病室を出た脇にある廊下隅の洗面台に折り畳み椅子を引っ張りだして、剃刀で延びた髭を剃る。
  • 空いている個室の浴室を使って、看護婦さんに全身を洗ってもらう。
  • 再び寝台に戻り、点滴の針を入れられる。針が太くて痛い。柚子もきてくれて、手術が終ってから集中治療室に移るときに必要な着替えなどの準備をしてくれる。
  • 一時半頃、看護婦に付き添われて点滴を押しながら手術室に入る。手術台は想像より狭くて小さい。全身麻酔の点滴が始まる。麻酔医が「もうすぐ効いてきますよ」と云った直後、私の視界を占めていた彼のブルーの手術衣がぐしゃぐしゃぐしゃっと撹拌されたように崩壊し、掻き消されるようになった意識が次に戻ってくると隣に柚子が坐っていて、集中治療室のベッドの上で激しく痙攣しながら何か喋りまくっていた。
  • 柚子の声が耳に届いて、とても安堵した。
  • 柚子に迷惑ばかりかけてすまないとか今週末で終る美術展に行けなくて残念だとか悪口を云うのは愉しいとか白華れみはトップに行くだろうかとかそんなことを云ったのを覚えている。執刀医がカーテンの向こうから顔を出して、大変だったが手術はうまくいったよと話しかけてきたことも覚えている。やがて痙攣は徐々に収まる。このときもまだ傷口から血は夥しく流れていたらしく、看護婦さんに処置して貰っていたようだ。三角巾やシーツが血で汚れていた。
  • 何か喋りっぱなしに喋っていたようだが、集中治療室にはあまり長くいてもらうわけにはいかないと云われて柚子が去り、その後は眠ったり起きたり、いてぇと呻いたり。浅く眠りを捕まえても、同室の爺さんがものすごい声で喚くのですぐに叩き起こされる。爺さんは女の名前を叫んだり、「二度と目覚めぬ眠りだ!」とか喚くのである。なかなか面白い。
  • 看護婦さんに二度きてもらい、尿瓶で小便をする。尿瓶で小便をするのは初めてて、最初はなかなか出なくて焦った。
  • 唇と口のなかがとても渇いていて、看護婦さんが脱脂綿に水を含ませたものを口に押し当ててくれて、それにちゅうちゅうと吸いつく。
  • 傷はズキズキ痛みつづけるし、ふたりの看護婦さんのうちひとりはものすごく粗雑で腹が立つし、なかなか時間も経たず、はやく朝にならないか、はやく此処から出られないかと、やがて、とても苛々してくる。殆ど眠れないまま朝になる。