• フラジャイルであることをぬけぬけと押し出してくる表現がとても苦手だ。それは裏口から辿り着いたマチズモでしかない。さらに、マチズモであるという自覚や戸惑いに乏しいことから、そこから出発して別の認識へ到る途も、ほぼ閉ざされているだろう(内省なきマチズモがどうしようもないことは云うまでもなく、また、フラジャイルであれ何であれ、各々の「表現」そのものが具えるべき強度が必要であることもまた、云うまでもない)。