『秒速5センチメートル』を観る

  • 先日、弟からDVDが回ってきた新海誠監督の短篇連作アニメーション、『秒速5センチメートル*1を観る。
  • 殆ど離人症的な、深々と病んだ映画だった。
  • 第1話「桜花抄」では、小学校の卒業と同時に転校した同級生の女の子に、電車を乗り継いで、中学生の少年が会いに行く。
  • 少年は少女と再会し、じぶんの幼さと無力であることを思い知り、キスを交わす。唇を重ねる際の描写で、少年の顔には、表情が描かれない。のっぺらぼうである。
  • そして少年は、少女からキスのあとの別れ際に、「貴樹くんは、きっとこの先も大丈夫だと思う。ぜったい」と言葉を投げ掛けられるのだが、それはまるで呪詛だったかのように、少年は、彼を囲む社会や他者、あらゆる「外」と、コミュニケーションをうまく取ることができなくなってゆく。
  • 第2話「コスモナウト」で描かれる、高校生になった少年。弓道部に所属していて、弓を的に当てるのがとても巧い。彼を慕ってくる少女の心を、無関心と云う「優しさ」で、踏み躙る。そう云うことだけが上手になっている。そんな少年がずっと追い求めているらしい、遠くに地球を臨む何処か地の果て*2で彼に寄り添う顔の見えない女は、キスをした少女とは、イコールではない。それは、もう、彼の想いが育てた「夢の女」である。
  • 第3話「秒速5センチメートル」では、少年は青年になり、東京で暮らしている。窓の前にPCのモニタを置いて、彼は仕事をしている。彼は、その向こう側にある、外に開いた窓は見ない。
  • そして、少女も大人になり、彼とはもうすっかり連絡が途絶えているらしく、他の誰かと結婚しようとしている。
  • 青年は、或る女性と三年間交際したようだ。だが、「1000回メールをやりとりして、たぶん心は1センチくらいしか近づけませんでした」と、彼女から別れのメールがくる。仕事も辞めてしまい、彼は、すっかり壊れてしまっている。
  • 映画全体に於ける、やけにペラッとしたキャラクタのデザインと、手厚く塗られたリアリズム指向の、殆ど実写と見分けがつかないほどの背景画とのズレ具合は、いったい何なんだろうとずっと思いながら観ていたが、あのズレは、結局、主人公の世界把握のズレそのものの顕われなのではないかと思い到った。
  • 嘗て少年であり、ずっと「少年」をこじらせたままの青年は、再び映画の最後で、すっきりと大人になった嘗ての少女と出会う。彼は彼女がじぶんに気づいてくれることを期待する。しかし、彼女は彼に気づかないまま、行ってしまう。
  • 壊れてしまった彼が、些かも其処から快復するそぶりも見せないまま、映画は終わる。彼は、虚ろに微笑むだけである。
  • ブレット・イーストン・エリスの小説『アメリカン・サイコ』は、じぶんが壊れていることに気づかず、殺人と消費を繰り返すヤッピーの話だったが、この映画もまさに、或る種の「ジャパニーズ・サイコ」とでも呼びたくなる映画だった。
  • しかし、第2話のサーフィンの「波」の描写が、都市や空の描写に比べて、著しく精彩を欠くのに驚いた。まるで書割りのようなのである。それがやはり、世界との乖離を表わしてしまっているのだとすれば、監督である新海誠自身の世界把握のかたちの、無意識的な発露であろうか? 実際、『ほしのこえ』でも『雲のむこう、約束の場所』でも、世界と人物の乖離感は顕著であった*3
  • そしてこれが、私たちの時代の「気分」なのだろう。
  • あー陰鬱なイヤな映画を観たわい、と思いながら*4、昼過ぎから出掛けて、梅田から日本橋、難波をぶらぶら。
  • 帰省しているG君と久しぶりに会う。U君と三人で、某劇団主宰おすすめの「御膳火鍋」*5へ。F大兄は既に到着していた。
  • 飲み放題、食べ放題であるので、箸とコップを慌しく動かしながら、陰陽太極図のなりをしている奇妙なかたちの鍋を突付きながら、あれやこれやと男ばかりで駄弁りに駄弁る。しかも、初めて食べるが、火鍋は旨い。愉快痛快怪物くんは怪物ランドのプリンスだい、てな感じである。
  • 某劇団主宰は遅れてやってくる。
  • 最後は、お茶を飲んで帰路に。

*1:http://5cm.yahoo.co.jp/

*2:それは、『劇場版エヴァンゲリオン』のエンディングに現われる「終末の浜辺」の風景を思わせる。何とも不気味なのである。

*3:そして、率直に云って、既に『秒速5センチメートル』では、自己模倣に陥っているのが感じられた。

*4:盟友「ひだか」君の書いた『秒速5センチメートル』評。新海誠が注目された原因のひとつである「個人または少数での制作」こそが、彼の作品世界を内閉的なものにしているのではないか?と論じている。面白い。 http://tentenn.blog.shinobi.jp/Entry/27/

*5:http://www.hotpepper.jp/A_20100/strJ000053921.html