風が強く、冷たい。

  • 朝起きてゴミを棄てる。柚子を見送り、風呂に入り、江藤淳の『成熟と喪失』を読み始める。アメリカ滞在を経た江藤の文学観が凝縮されている「日本文学と「私」」をメスにして、いわゆる「第三の新人」たちの文学を解剖して読んでゆく。江藤淳を読んでいてひりひりするのは、彼の手にしている鋭利な言葉のメスは、常に、彼自身を切り裂いているからなのである。彼はいつだって、じぶん自身に跳ね返ってくる言葉を使って批評する。
  • ところで、江藤淳が死んだのは1999年だったが、そのとき私は、しかしまだ江藤淳の本当の凄さを、まるで判っていなかった。同時代を生きている批評家としての江藤淳を殆ど読めなかったことに、じぶんの感覚の鈍さを憾むばかり。
  • ひさびさの晴天であるから慌てて洗濯機を廻して、溜まった洗濯物を干す。serico嬢とSkypeで打ち合わせ。
  • きょうは少し寒さが戻ってきて、「しま」は蒲団の奥のほうで眠っている。少し蒲団を持ち上げて、なかを覗き込むと、薄暗がりの底で鈍く光る深緑色のビー玉みたいな大きな丸い双眸が、めんどくさそうにこちらをみているのが、とても愛らしい。
  • 夜はアルバイト。帰宅して、柚子と晩御飯を食べる。夜中から天気が崩れ始めるとのことだったので、洗濯物をベランダから取り込む。きれいに乾いていて、嬉しい。
  • 「May」*1のTさんが「『とはずがたりのマリア』みたよ」とメールを呉れる。私はパンフレットに時代背景を説明する文を書き、H監督から脚本を読ませてもらって意見を述べたくらいなのだが、それでもなぜだか、とても嬉しかった。
  • 武満徹の《秋庭歌一具》を聴いている。朝方、やはり雨が降ってくる。