ゆけゆけ二度目の少女(或いは、ふたりのマコト)

  • 朝、家を出る直前に、そのセピア色の表紙の奥でうっとりと溺死している女の顔に呼ばれたかのように、滝本誠の『映画の乳首、絵画の腓』が通読したくなり、通勤鞄の中に慌てて挿入。ガキの頃から何度となく立ち読みを繰り返し、意識無意識への決定的な影響を受け、遂に新刊書店の棚でその姿を見掛けることがなくなってから、昨年やっと古書として購入した本だが、頭から読むのは初めて。欲望の対象を求めて動きまくるタキヤン大先生の筆運びは、いつ読んでも実に気持ちがいい。
  • 映画の日なので、仕事を終えて柚子と待ち合わせて、『時をかける少女』を観る。昼の間に、幾つか候補を柚子のメールに送り、残ったのが『ハチミツとクローバー』とこれだった*1ので、当然、蒼井優*2に強く心惹かれもしたが、やはり後者を選ぶ。
  • 六時半過ぎに元町駅前で落ち合い、味香園でたらふく食う。美味。
  • 食後、商店街をぶらぶら歩くと、文紀書房が開いていたので立ち寄り、夫婦で一冊ずつ古本を買う。私が買ったのは昭和28年発行の創元社「現代随想全集」シリーズの中の『辰野隆内田百輭集』。柚子が買ったのは、ひかりのくにの絵本『シンデレラ』。

私はその頃士官学校の外に、海軍機関学校を兼務し、月給は相当貰つてゐたけれど、色色の煩累のため、生活に余裕がないばかりでなく、段段貧乏して行くのが、目に見えてゐた。しかし、その字引は以前から欲しいと思つてゐたものであり、又余裕がないと云つても、無理に出さうとすれば、その位の金は、後で困るだけの事で、出せない事もなかつた。それで私は思ひ切つて、その字引を譲つて貰ふ事にした。

  • 百鬼園先生の「可可貧の記」より。「無理に出さうとすれば、その位の金は、後で困るだけの事で、出せない事もなかつた」と云うこの一文に膝を打つ。そうなんだよなあ、「後で困るだけの事で」ってのがね、判っていてもそのときは「そうだっ、「だけ」だっ!取りあえず借りてしのいどけ!!」と思ってしまうのであるよ。その場しのぎのためにする借金は、どうせあとでしのげなくなるんだから、してはいけないヨ、ホント。
  • シネカノン神戸で、『時をかける少女』を観る。二度目*3なので、その構成の巧みさに改めて感心する。冒頭からもう素晴らしい。真琴が遅刻寸前で目を醒まし、家を飛び出し、自転車に乗って学校に到着するまでの滑らかな映像の運動! 嘗ての宮崎駿*4や、『ど根性ガエル』の芝山努のような、アニメーションだけにしかできない表現や動きの気持ち良さが徹底されている。それが、この映画の最大の特質である。
  • そして、屁理屈っぽいことを云えば、最初に観たときにぱっと思ったのだったが、この『時をかける少女』は『うる星やつら2』を遂に乗り越えたと思う。それは映画として『うる星やつら2』が古くなったとか云うことではなく、「パンパンに膨れあがった期待感は永遠に持続しているが、決してやってこない文化祭当日」と云う、私たちの願望や認識の枠組み*5、と云い換えても良い。
  • こんなにもゲームを、内側から徹底的にブチのめした映画を、私は知らない。リセットしたって痛みやら何やらは残る。ゲームみたいに何度だってやりなおせる、世界なんて組み替え可能さガッハッハーなんてのはクソだ。人生はそんなもんじゃない。と云うのを、タイムリープと云う非常にゲーム的なガジェットを用いて描いてみせるのだから。
  • グタグタ書いたが、この映画の良さの核を、まだ私は掴み損ねていると感じている。それは私が細田守の他の作品を殆ど観ていない(参照項が少ない)からなのか何なのか、よく判らない。それでも、また観ようと思う映画は、良い映画なのだ。*6
  • しかし、ヒロインの真琴を演じた仲里依紗*7は、やっぱり抜群に巧い。

*1:ちなみに柚子の選から落ちたのは『スーパーマンリターンズ』、『ユナイテッド93』、『ゲド戦記』、『日本沈没』である。合掌。

*2:シネカノン神戸で『フラガール』の予告編を観たが、大変、蒼井優が良さそうだったので、観に行こうと思った。

*3:一度目。 http://d.hatena.ne.jp/ama2k46/20060801

*4:傑作だった『ハウルの動く城』で遂に持ち直したが、『もののけ姫』やら何やら、メッセージ性にがんじがらめになっていた頃の宮崎駿が失っていたものは、端的に云って、ものの動きの気持ち良さだ。

*5:冷戦構造!? ちなみに『うる星やつら2』の公開は1984年。

*6:盟友「ひだか」君の『時かけ』評。「じぶんは何故こんなにこの映画を欲したのか?」を手がかりに、身を切るようにこの映画を読み込んでゆく。こんな熱の籠った、目から鱗の落ちまくる批評は、ちょっと読めないと思う。必読。http://tentenn.blog.shinobi.jp/Entry/11/ http://tentenn.blog.shinobi.jp/Entry/12/ http://tentenn.blog.shinobi.jp/Entry/13/

*7:なか・りいさ、と読むのね。今まで「なかざと」って苗字だと思ってた(苦笑)。アニメのキャラクタより演じる声優の方が可愛い時代がくるとは(失笑)。