押井守様万々歳

  • 押井守は復讐の鬼である。その念の強さが、傑作を生んできたのだ。
  • 例えば、押井守の現時点での最高傑作である二本の劇場版『機動警察パトレイバー』の向こう側には、宮崎駿の『カリオストロの城』に続く予定だった劇場版『ルパン三世』の頓挫がある。
  • 其処には、東京と云う異形の都市を舞台に、ルパンが、其処に存在してはならないはずなのに、現に存在している核兵器と対峙すると云う、撮られなかった映画が透けて見える。
  • 劇場版『ルパン三世』でやりたかったことを総てやり尽くした、押井守の言葉を借りれば「完璧な復讐戦」が二本の『パトレイバー』であり、その過激な復讐戦のオマケが、「「機動警察パトレイバー」という作品論で確立した方法論に、アジアという要素を外挿しただけ」の『攻殻機動隊』だったわけだ。
  • そして、押井守は、劇場版『機動警察パトレイバー2』を超える映画を、未だ撮っていない。
  • なぜなら、押井守は、『G.R.M.』の頓挫を、未だ乗り越えられていないからだ。
  • それは、『攻殻機動隊』の次の作品となるはずだった。制作がストップされたと知ったときの落胆もだけれど、それが発表されたときの興奮は忘れられない。再び押井の言葉を引くなら、「完成していれば、僕が二十年に渉って集積してきた能書きの集大成となったであろう、幻の超々弩級戦艦」と云う映画、それが『G.R.M.』である。新世紀のメリエス月世界旅行*1となるべく企画された映画だった。
  • その凍結ののちに撮られた押井守の映画は総て、『G.R.M.』の破片である。
  • G.R.M.』の「残存部隊を再編してポーランドでの遊撃戦に打って出た」、『アヴァロン』*2だけでなく、現時点で押井守が最も巨大なバジェットで撮った最も小さな映画である『イノセンス』もそうだし、あの『立喰師列伝』だって例外ではない。
  • だが、『G.R.M.』があまりにも巨大な映画となる予定であったため、押井守は、『ルパン三世』のときのように、それを消化(昇華?)し尽くすことが、まだできていない。
  • そして、『G.R.M.』の頓挫は、彼の「新作!」と云う号令を待ち続けて、じっと頭を垂れている奇特な野良犬(と書いてファンと読む。或いは、信者)にも、大きな痛手を残したままだ。……などと云う他人行儀な書き方はやめよう。それは、私のことだからだ。
  • 私は、まだ出会っていない。映画が終わっても、身体が震えて座席から立てなかった映画である、劇場版『機動警察パトレイバー2』を超える押井守の新作に。それは、間違いなく『G.R.M.』になるはずだったからだ。
  • 巷間で洩れ伝えられているように、押井守の次回作が、本当に『スカイ・クロラ』になるのか、私には判らないが、たぶんそうだろうと思う。『G.R.M.』の解凍ではないと云うことだけは、残念ながら断言できるけれど。
  • だが、押井守は、「たとえ転んでも二回転半一回捻りくらいで起き上がって見せるのが僕のいいところ」と云っている。そして、次の作品では『G.R.M.』の無念を晴らしてくれると、私は信じている。
  • どんなクリエイタにも、残念な流産はある。例えばオーソン・ウェルズは『闇の奥』を、アベル・ガンスは『コロンブス』を、キューブリックは『ナポレオン』を、リドリー・スコットは『トリスタンとイゾルデ』を、撮ることができなかった。
  • しかし、其処で腐っていたら、次はない。兎に角、作ることだ。作る機会を逃さないことだ。女神の前髪を掴んだら離さないことだ。
  • その機会が訪れるときのために、書き続けよう。手が云うことを効かないなんてことがないように。最適な言葉が出てこないなんてことがないように。
  • ちなみに山田優、やっぱイイわぁ*3

*1:http://www.youtube.com/watch?v=ZI9OaZHxk64 http://www.youtube.com/watch?v=NjjTAuh2ACY&NR=1

*2:成るほど、大文字の傑作ではないかも知れないが、私は押井守の「実写」映画のなかでは、いちばん好きである。ちなみに此処での押井守の発言の引用は総て『イノセンス創作ノート』から。

*3:http://www.youtube.com/watch?v=OBTHGFxiSOY