- 午後、古本屋から、江藤淳の自署が入った特装限定版の『一族再会』(装禎も江藤自身が手掛けている)が届く。二重の函のなかから丁寧に本を取り出して、扉のところを開き、万年筆(エッセイなどの記述によるなら、それはパーカーである筈だ)のブルーブラックで記された、「江藤淳」という、その手書きの字を見つめながら、江藤淳というひとが、嘗てほんとうに生きていて、こういうふうな文字を、このインクで書いていたのかと思うと、ちょっと、ぞくぞくと震えるような昂奮を味わった。
- 風呂掃除をして、ベランダの洗濯物を取り込む。
- 夕方からアルバイトに。また少し風が刺す。私の風邪は、咳だけがまだずいぶん出る。
- 帰宅して柚子と晩御飯を食べる。ほぼ間違いなく私からうつされたのだろう、彼女も風邪を引いてしまって、ちょっと疲れていて、はやく休む。「しま」だけが元気だが、柚子が眠ると彼女も眠る。
- そして、私は独りで、朝方までずっとPCの前に坐って、書き物を進めようとするのだが、まるで捗らない。じりじりと焦るばかり。耳がずっと、フェルナーの弾く《平均律》第一巻のディスク2を聴いているだけ。朝の五時が過ぎると、「しま」が柚子の眠る寝室から、私の部屋へ移動してくる。ひょいと、膝の上に乗っかると、ようやくPCのキィを叩き始めた(何のことはない、今、こうしてこの日録を書いているのだ)私の腕を軽く枕にして、再び眠り始めた。
- 窓の外で鳥が鳴き始めた。どんどんその数が増えてきて、やがて、拙宅のぐるりの総てから聴こえてくるようになる。それとともに、空がうっすらと明るくなってくる。「しま」が三日月みたいな目で、下から私を睨んでいる。暫らくすると飽きてしまって、再び寝室に戻ったみたいだった。