義理の母に末期癌が告知される。

  • 昼過ぎ、病院に義姉、会社を早退けしてきた柚子で集まる。姑も含め、担当医ふたりから検査の結果が報告される。姑への、いわゆる「告知」である。
  • 医師が、肺が小細胞癌であることなどを説明すると、姑は冷静なふうで、「片方、肺をばさっとやってもらうことはできませんのん?」と、右手を包丁のようにして胸の前をすいと動かして、訊ねる。「いやーずいぶん拡がってるんで、あとは、年齢のこともあるからね……それはね、できませんね」と、眼鏡の奥の目を泳がせながら主治医が云う。
  • さて、CTスキャンでの頭部の断面図。脳のなかに、ほんの数ミリの、ぽつんと白い点がひとつ写っている。癌が脳へ転移している疑いが濃厚であるとのこと。
  • 姑が、まるで将棋の駒を決めたところへ置くみたいに、「こりゃね、案外、長くないヨ」と、ポンと云う。姑の兄も、こう云うふうな肺癌で亡くなっているのだと云う。時計の秒針の動く音だけが、部屋のなかにうるさいくらい響き、安っぽいTVドラマそのものみたいな効果がずいぶん滑稽なのだが、しかし、誰も口を開けられないで黙っている。姑はゆっくりと、膝の上に置いた手の指を、もう一方の手のなかでさすっている。
  • 「はぁー嫌やなあ、癌でさえなけりゃなあと思うてましてン」と、やがて姑が、ちょっと笑いながら云う。「ま、受け止めなしゃあないもんネ」とも。
  • 私は彼女の右隣りのパイプ椅子に腰を下ろして、姑の横顔をずっと見つめていた。
  • 来週から点滴による抗癌剤の投与が始まる。その前に、この週末は久しぶりに帰宅することになった。
  • 病院からの帰りのバスのなかで柚子とふたり並んで座り、「じぶんだったらあんなふうには受け止められない」と素朴すぎる感想を伝えると、「まだ若いからね」と、柚子がやっぱりちょっと笑いながら云う。