ディスカヴァー・非・ジャパン!

  • 朝6時半に拙宅を出て、梅田に。マルビルの電光掲示板が取り払われている*1のに驚き、月組の座席券を求める長蛇の列の脇を抜けて、阪急三番街から8時発の高速バスに乗り、約4時間後、JR金沢駅前に到着する。其処から更に市バスに乗り換え、金沢市内を移動。車窓から旧制高校の校舎を利用した赤レンガの石川近代文学館や、兼六園の入口などを見る。
  • なぜ金沢くんだりまで出掛けているかと云うと、金沢21世紀美術館*2で開催中の「マシュー・バーニー:拘束のドローイング展」*3の観覧に出掛けたのである。もちろん単独行だ。
  • 映画『拘束のドローイング9』は、2時からの上映のチケットを購入していたので、先に館内展示を見て廻る。マシュー・バーニーは映画を撮り、さらにその映画に登場・もしくは映画から派生したオブジェを、同時に展示する作家だ。だから映画から先に見るべきか、展示から先に見るべきかは意見の別れるところだろうが、個人的には展示から先に見て正解だった。現在『11』まで存在する総ての「拘束のドローイング」シリーズ*4を見る。
  • 映画『拘束のドローイング9』から派生した展示は、どれも峻厳な美しさ。非常に面白い。特に「ホログラフィック・エントリーポイント」の名前を持つ巨大な作品は、鯨を海から引き上げて解体するためのデッキなのだが、左右でまったく異なる表情を持つその大きな斜面は、『トリスタンとイゾルデ』の舞台装置にぴったりだと思った。何を見てもワーグナーに連結するのは私の悪癖であるが、仕方がない。
  • さて、2時からいよいよ映画上映。捕鯨と茶道をモチーフ*5にした2時間半の映画。捕鯨船に乗り込んできた西洋人の男女(バーニーとその妻のビョーク)は、四つ足の獣の皮で作られた奇怪な、だが実に魅力的な着物を纏い、船の中の茶室で、貝殻を用いた奇妙な茶器で抹茶を振舞われ、そのまま恋に落ち、やがて鋭利で巨大な刃物や指先で互いの足をぶすぶすめりめりと切り取り、遂には鯨に変身して海の彼方で添い遂げる。
  • 物語としてはこれだけ。気の利いたアニメ監督なら2分以内で語ってしまうだろう。だが、バーニーは恐ろしい程の映像構築力で、これをみっちりと2時間半を掛けて、見せてゆく。台詞は、ほぼ皆無。だが、ダレ場は一切ない。総ての画面が充溢していて、飽きることがない。目の幸福を徹底して味わえる。マシュー・バーニーは映画しか娯楽がない町で育ち、あらゆる映画を観まくっていたとのことだが、納得。終映後「寝ちゃった……」と云う声を聞いたが、とんでもない、私には睡魔が襲ってくる隙がまるでない映画だった。
  • 映画のワンシーンで、バーニーの頭頂部が禿げているのが判る。額も高橋幸宏並みに広い。絶対に禿げるタイプだろう。だが、茶室で転寝していたバーニーは、風呂から上がってきた捕鯨船の船員に、いきなりバリカンで額から天頂に至る髪を刈り取られてしまうのだ。自然回復が非常に困難と思われる髪資源すら、作品のためには惜しみなく投じる。マシュー・バーニーの本気のアーティスト魂を其処に見た。
  • 映画を観終わって、マイケル・リンの壁画の前に置かれたロッキング・チェアで遊んで興奮を冷まし、もういちど展示会場に入り(チケットを見せれば何度でも入れる)、再び彫刻作品を見て廻る。映画を観る前とは違った見え方をするのが面白い。
  • 何度も展示を廻っていると、展示室の入口で貸している音声ガイドが気になり、200円を出して借りてみる。金沢弁のオジサンの声で、各作品を理解するための手掛かりや、作品制作の際の情報が語られて、それなりに面白かった。
  • 以前、バーニーを招いて行われた質疑応答の記録ヴィデオも見るつもりだったが、冒頭を少し見て、やはり展示作品を見るほうが面白いと思って、すぐに上映室を出る。円形の美術館の中をぶらぶらする。
  • この美術館自体が非常に面白い。さすがSANAA*6と云うべきか。特に日中の光が、真白な展示室の高い天井から射してくるときが、最も美しいと思う。
  • この美術館の目玉展示のひとつなのだろう、レアンドロ・エルリッヒの「レアンドロのプール」は確かに面白かった。何度かプールの底と地上のプールサイドを往復して遊んだ。
  • ジェームズ・タレルによる「タレルの部屋」の巨大な圧迫感が実に良い。あの世に、天国と地獄に至る前に待合室があるなら、きっとこんな感じだろう。
  • 「アナザー・ストーリー」と題されたコレクション展示は、アニッシュ・カプーアの巨大なブラックホール女性器「世界の起源」と、小谷元彦の精緻な木彫の「滝」が面白かった。
  • しかし何より、授乳室の入口の脇に張り出されていたカエルの絵*7が、子供たちが描いたものなのだろうか、素晴らしく可愛い。最高!
  • 最後に、円筒形の美術館と同じかたちを模したショップで、展覧会の図録*8を購入する。一般の書店でも販売されるそうだが発売前で、しかも定価より安い3000円だったので、迷わず購入。缶バッチもふたつ買い求める。
  • 閉館前に美術館を出て、ぶらぶらと歩きながら金沢駅前まで戻る。美術館の近所にある古書肆には、閉店前に無理を云って中を見せてもらったが、欲しいものがなく、申し訳ないなあと思いながら手ぶらで出る。行きにバスの窓から見えた、商店街の入口の古書肆は、残念ながら店を閉めた後だった。駅前のブックオフを覗いてから、駅の下のマクドナルドで夕食。郷土色の豊かな食べ物を味わうには、些か財布が軽すぎたのだ。9時前に宿泊先のビジネス・ホテル「キバヤシ」に。シングル3300円。金沢最安値。手洗いと風呂は共同。独りで大きな浴槽に浸かりながら、何だか修学旅行にきたような気分になる。
  • 柚子と電話。TVを少し見て*9地元のCMを堪能してから就寝。

*1:http://f.hatena.ne.jp/ama2k46/20050826152050

*2:日本語HP http://www.kanazawa21.jp/ja/index.html

*3:展覧会公式HP http://www.kanazawa21.jp/barney/index.html

*4:特に『7』は残酷で、美しく、笑える。身体をさまざまに拘束しながらドローイングを描くと云うコンセプトが、バーニーらしいやり方で最も明瞭に提示されているのがこれだろう。半人半獣のサテュロスふたりが、マンハッタンを疾駆するデカいリムジンの後部座席で、プロレスごっこに興じている。リムジンの天窓に相手の角を押し付けて傷をつけ、ドローイングを描くのだ。また、運転席では未成熟なサテュロスが、シートの隙間に身体を突っ込んでぐるぐる廻っているが、最後は隙間に挟んだ踵をめりめりともぎ取られてしまう。

*5:バーニーがそれらを充全に理解していると云うわけではない。彼の強靭な妄想の素材になったと捉えるべきで、日本文化を誤解しているとか無意識のオリエンタリズムとは異なると思う。

*6:妹島和世西沢立衛 SANAA http://www.sanaa.co.jp/

*7:http://f.hatena.ne.jp/ama2k46/20050826151221

*8:http://www.uplink.co.jp/webshop/log/000738.html

*9:アダルトビデオを流しているチャンネルがあり、いそいそと視聴したのだが、ものの1分も経たないうちに「有料放送です」と表示が現われたまま、何も映らなくなってしまった。まだ何にも始まっていなかったのに……。汁男優たちすら、まだ着衣のままだったと云うのに……。