キアロスタミの『10話』をみる。

  • 朝おきて、『俎上の鯉は二度跳ねる』を読む。水城せとなは、「私が好きなひとは私じゃないひとを好き」、或いは、「私が好きじゃないひとが私のことを好き」を描き、その間を動くさま――ふらふらと揺れたり、ぐっと立ち止まったり、肉の欲求を優先させたり……等々の関係を構築してみせるのが、非常に巧い。しかし『放課後保健室』以降の水城しか私は知らず、新刊は出るたびに買って読んでいるが、そのどれを読んでも大変素晴らしい出来なのは、すごいことだ。
  • I嬢に買物の手伝いをお願いしたら、PLANET+1アッバス・キアロスタミの『10話』をみるとのことだったので、私も見ることにして、台所の片づけや米を洗って炊飯器にセットして、家を出る。
  • MT君とiiさんと四人で、ヨドバシカメラで待ち合わせて、買物を済ませてから、中崎町へぷらぷらと出る。映画館の前のネパール料理店「SAGUN」*1でのんびりと飯を食い、開映ぎりぎりに入る。
  • 冒頭(たぶん)十分ほど、クルマの助手席に坐った男の子が、運転席にいるらしい母親らしい女性(声が聞こえるだけ。なぜなら、キャメラは少年を捉えたまま、じっと動かないからだ!)とひたすら罵りあう。その間、めまぐるしく変化する男の子の顔の表情、盛んな身ぶり手ぶり、画面の外から響いてくる喚き散らす母親の声、ひっきりなしのふたりの会話の概略をしめす、えらく端整な日本語の字幕……ちょっと吃驚するほどスリリングで、頻繁にカットを割らなくても、映画と云うものにはこれだけのものが詰め込めるのだと、感心する(どの位置で、どの距離で、いつまで、キャメラを対象に向けて据えるか、この決定が既にひとつのカット割りなのだろう)。90分弱で、しかも画面はほぼ、ひたすら運転席と助手席に坐った女たち(と少年)を映しだすだけだが、時折、殆ど崇高なと云うしかないような美しい画面――女の貌が現われる。キアロスタミはすごい作家だと、今更だが、気づく。
  • I嬢とMT君に『アラザル』vol.2を差しあげようと手渡したら、お買い求めくださる。悪質な押売りのようになってしまった……。
  • 四人で夜道をのらくらと歩いて梅田まで戻り、思い思いの帰路へ。