『SOMEWHERE』をみる

  • 夜、梅田ガーテンシネマ(水曜日は千円)まで出て、ソフィア・コッポラの新作『SOMEWHERE』*1をみる。『マリー・アントワネット』よりさらにずっと後退している。
  • パンフレットに寄せた文で、舞台になっているホテル「シャトー・マーモント」のこと(と、ポールダンスのデリバリーのこと)だけを書いていた滝本誠氏は、やはり、さすがである。
  • 開高健の「渚にて」、「ロマネ・コンティ・一九三五年」を読む。後者の題を与えられたこの短篇集に収められた諸篇は、旅のなかで呑んだり食べたりすることが描かれている。しかし、書き手が繰り返し書き記してしまうのは、その愉しみの諸相であるより、むしろ、「飲むまえは小さなことが気になってはいけない。つまらないことでずいぶんこわれたり、落着けなかったりすることがある」という過敏に震える神経なのだ。しかしそれがうまくゆかないと、「たわむれの決意の昂揚が消えた。ここへくるのではなかった。/私は閉じた。/低くなり、ふたたび患いはじめた」ということになってしまうからであり、つまり、この書き手の常は、健康を謳歌しているのではなく、始終患っているのである。旅と遊びは、そのことが意識へ昇ってこないようにするためのものなのである。